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あの大地震から4ヶ月が経とうとしている。 街は一見落ち着きを取り戻したようにも思える。 イスラマバードのあちこちには、被災者キャンプや負傷者が入院・治療している場所がたくさんある。 もともと高い塀で囲まれたパキスタンの家屋。人々はそれぞれの箱に収まり、街としては震災前と変わらない雰囲気さえある。 メロディー・マルケットという商店街の一角に、火事で焼けた映画館がある。 そのロビーに、震災で脊髄損傷(以下:脊損)を負ったカシミール出身の女の子たちが、30人くらいで共同生活をしている。 その場所を撤退し病院へ移動するというので、最後に挨拶へ行った。 フウがもともと仲良くしてもらっているパキスタン人の友人たちがそこで働いている。 彼らは“障害を持ちながら自立生活を送るための支援”を、物質的にも精神的にも行っている。 フウは、そんな彼らの活動を写真に収めたいという気持ちだった。結局お茶飲んで、子どもと遊んでしまったけど。 この3ヵ月半、脊損の彼女たちの変化は大きい。 当初は怪我の痛みと、家族や村を失った衝撃とで、絶望でしかなかった。 今では、家族の力を借りつつ真新しい車椅子に移り、自らの手でこぎ、ロビー内を行き来している。 彼らから教わった、車椅子で生活するための技術や、“障害をもっても自立して生活していく”という考え方を吸収していっている。 住み慣れた村へ帰りたいと願う気持ち。 脊損を追いながら、村で生活することの困難。 今後は、彼女たちが安心して自立した生活をできる村を作っていくことが課題。 政府の協力無しには進められない、復興支援、被災者支援に加えて、今までパキスタンで軽視されていた障害者支援が加わっていく。 言葉も文化も違うイスラマバードの焼けた映画館に押し込められた彼女たちの3ヵ月半。 しかし、彼らとの出会いによってこの期間は重要な意味を持つものになった。 今後の生活に“自立して生きる”という希望が見えた。 移動先の病院は、フウの職場から1キロくらい。近いので今度写真を現像して渡しに行く約束をした。
by pakfu
| 2006-02-07 17:08
| ザルザラ・地震
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